1980年代に特撮やアクション作品で活躍した元俳優・歌手の黒崎輝(くろさきひかる)さん。
ジャパンアクションクラブ(JAC)に入団し、千葉真一さんのもとでスタントマン・アクション俳優として活動を始め、「コータローまかりとおる!」や「巨獣特捜ジャスピオン」で主演を務めて知名度を決定づけました。
しかし、1995年に俳優業を引退しました。
その背景にはどのような理由があったのでしょうか?
そこで今回は、
1・黒崎輝の引退理由2選
2・黒崎輝の引退後と現在
3・黒崎輝の代表作
についてお伝えしていきたいと思います。
黒崎輝の引退理由2選
黒崎輝さんが引退を決めた理由は何だったのかについて2つ考察してみました。
理由1・芸能活動の方向性に限界を感じたため
黒崎輝さんは1980年代に特撮やアクション作品で主演を務めるなど順調に人気を集めましたが、1990年代に入ると出演作品や役柄の幅が狭まり、同じような役ばかりで新しい挑戦や成長が難しくなってきました。
また、芸能界全体の変化や自身の年齢、演じたい役とのギャップも感じるようになり、自分がやりたい表現ができないことへのフラストレーションが高まったとされています。
このような状況から、黒崎輝さんは今後も俳優として生きていくことに限界を感じ、引退を決断したのです。
理由2・芸能界よりも新たな人生を求めたため
黒崎輝さんはJAC(ジャパンアクションクラブ)を退団後、「宮沢風太郎」として再出発を試みたものの、本人の理想に合った活動ができず、芸能界よりも一般社会で新しい挑戦がしたいという思いが強まっていったとされています。
演技や役者活動以外に自分の人生の幅を広げ、新たな道を探したいと思ったことが、引退理由と考えられます。
黒崎輝の引退後と現在
ここからは、黒崎輝さんの引退後から現在について詳しくお伝えしていきます。
飛鳥裕子との結婚と新生活開始
黒崎輝さんは引退後、女優の飛鳥裕子さんと結婚しました。
2人は1986年放送のスーパー戦隊シリーズ『超電子バイオマン』での共演がきっかけで交際が始まりました。
それ以前にも数作で共演経験があり、共演の中で親密になったとされています。
2人は同時期に芸能界を引退し、1995年から1998年まで東京・下北沢でバーを経営し、新たな生活を始めました。
沖縄で「マザーアース」経営
黒崎輝さんは1998年に沖縄県国頭郡本部町にて、妻の飛鳥裕子さんと共に「マザー・アース(Mother Earth)」というスキューバダイビングショップを設立しました。
黒崎輝さんはこのショップの代表を務め、PADIインストラクターの資格も保有しています。
ショップでは初心者から上級者まで様々なレベルのダイビング体験を提供し、沖縄の美しい海を安全に楽しめるプランが用意されているようです。
現在の年齢は?
黒崎輝さんの生年月日は1962年1月31日で、2025年現在、63歳です。
黒崎輝さんは現在も実業家として活動を続けています。
妻の飛鳥裕子さんを2011年に亡くした後も、黒崎輝さんは一人で経営を引き継ぎ、地域に根ざした店づくりを続けています。
かつての俳優仲間も訪れるなど、地元での人間関係と信頼関係も維持しつつ、沖縄の豊かな海の魅力を伝える役割を果たしています。
黒崎輝の代表作
ここからは、黒崎輝さんの若い頃の代表作について詳しくお伝えしていきます。
高畑淳子との共演した「巨獣特捜ジャスピオン」
黒崎輝さんと高畑淳子さんは1985年の特撮ドラマ「巨獣特捜ジャスピオン」で共演しています。
この作品は宇宙刑事シリーズの流れをくむメタルヒーローもので、黒崎輝さんは主人公ジャスピオンを演じ、高畑淳子さんは敵役のギルザを担当しました。
高畑淳子さんは物語の盛り上げに重要な悪役として出演し、見どころの多い豪華キャスト陣のひとりでした。
また、「巨獣特捜ジャスピオン」はブラジルで国民的なスーパーヒーローとして大人気で、老若男女問わず絶大な支持を受けています。
明るくノリの良い主人公キャラクターが南米の国民性に合ったのかもしれません。
2018年のテレビ番組で「ブラジルで一番有名な日本人」として黒崎輝さんが紹介されるほどで、現地では「ジャスピオン」と名付けられた子供も多いんだとか。
歌手活動もしていた
黒崎輝さんは元々俳優として活動しながらも、歌手としても活躍しました。
主に1980年代から1990年代初頭にかけてCBS/SONYレーベルから作品をリリースしており、主演映画やドラマの主題歌を自身で歌うこともありました。
主なシングルには
「青春まるかじり/おもしろYOU感」(映画『伊賀野カバ丸』主題歌)
「妹たちよ/優しいだけじゃない」
「純愛ダイナマイト/炎の時代」(映画『コータローまかりとおる!』主題歌)
「半歩ゆずってGO-INに!/太陽の季節」(月曜ドラマランド版『仮面の忍者赤影』主題歌)
「果てしないジェラシー/風に吹かれて」
などがあり、特に主演作品のテーマ曲を務めることが多かったです。
また、ラジオ番組「ジャンピングジャック青春広場」のパーソナリティも務め、音楽の面でも多面的な活躍を見せていました。
「コータローまかりとおる」で主演
1984年に公開された映画「コータローまかりとおる!」で、黒崎輝さんは主人公・新堂功太郎(通称コータロー)を演じました。
原作は蛭田達也さんの同名漫画で、鈴木則文監督がメガホンを取り、学園を舞台にした痛快アクションコメディです。
コータローは私立鶴ヶ峰学園の極端流空手部の部長で、長髪が校則違反ながらも強さと天真爛漫さで学園の人気者。
物語は彼の長髪に生徒会長から100万円の賞金がかけられ、それを狙う生徒たちと闇の組織“蛇骨会”との騒動を中心に展開し、笑いとアクションが満載の内容です。
黒崎輝さんはスタントなしの迫力あるアクションシーンを披露し、主演としての存在感を示しました。
共演には真田広之さん、志穂美悦子さん、千葉真一さん、大葉健二さんらJAC所属のアクションスターがそろい、学園青春アクション映画の名作として知られています。
「赤影」での主演と新解釈
1985年に放送されたテレビドラマ「仮面の忍者 赤影」では、黒崎輝さんが主演の赤影役を務めました。
この作品は、横山光輝さんの忍者漫画が原作でありながら、月曜ドラマランドで放送されたリメイク的な位置づけの特撮ドラマです。
黒崎輝さん演じる赤影は、これまでの正統派な忍者像とは異なる、新解釈でコメディ要素を多く持つキャラクターでした。
黒崎輝さんの三枚目俳優としての魅力を活かし、アクションだけでなくコミカルな演技も披露。
共演には真田広之さんや志穂美悦子さん、高田純次さんらが参加し、独特の色彩とエンターテインメント性の高い作品となりました。
また、主題歌「半歩ゆずってGO-INに!」は黒崎輝さん自身が歌い、作品のユニークな雰囲気をより引き立てています。
従来の赤影シリーズとは異なる斬新な展開でファンの間でも賛否両論ありつつ、他にない新しい忍者ドラマとして記憶されています。
まとめ
芸能活動での限界を感じ、新たな一歩を踏み出すため芸能界を引退した黒崎輝さん。
現在は沖縄でのショップ経営を通じて自然と密接に関わりながら、穏やかな第二の人生を歩んでいます。
黒崎輝さんは俳優として輝いた時代を経て、新たなチャレンジと生活を選び、現在も多方面で活躍し続けている姿は、多くの人々に勇気と希望を与える存在と言えるでしょう。
これからの黒崎輝さんの活躍にも注目していきたいですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
関連記事はこちら
藤谷美和子の引退理由3選と今!キムタクがファン?夫や皇居騒動も!
篠ひろ子の引退理由3選!現在の顔は?息子や旦那・若い頃も!


コメント