ダンプ松本の引退理由3選と現在!病気の噂や長与千種との関係も!

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日本中から嫌われた最恐のヒール」として知られたダンプ松本さん。

1988年1月4日に後楽園ホールで電撃的に引退を発表しました。

その背景にはどのような理由があったのでしょうか?

そこで今回は

1・ダンプ松本の引退理由3選と現在
2・ダンプ松本の病気の噂や結婚
3・ダンプ松本の引退試合や長与千種との関係

について調べてみたいと思います。

ダンプ松本の引退理由3選と現在

ここからは、電撃引退をしたダンプ松本さんの引退理由3つと現在について調べてみました。

理由1・全日本女子プロレスに対する不満

ダンプ松本さんは全日本女子プロレスに対していくつかの不満を持っていました。

まず、長時間の過酷な移動や1年に約300試合ものハードスケジュールの中、自分はなかなか試合に出られず、雑用のような扱いを受けることが多かったことです。

また、先輩レスラーたちのいじめの標的にされたことも大きな精神的苦痛でした。

さらに、全日本女子プロレスの経営・組織体制に対しても不満がありました。

特に待遇面での不満が強く、ギャラの遅配や不透明な運営、経営側との軋轢があったと伝えられています。

ダンプ松本さんは会社と対立することもあったため、円満な退団・引退ではなく、会社に内緒でマスコミを呼び既成事実として引退を表明するという形を取っています。

理由2・実家への嫌がらせで家族に危険が及んだこと

ダンプ松本さんがヒール(悪役)レスラーとして活動していた当時、その過激なキャラクターゆえに自身や家族に対して実際に危険が及ぶことが多々ありました。

ダンプ松本さんは凶器を使った流血を伴う試合スタイルで「日本中から嫌われた最恐のヒール」として有名で、ファンや観客から強い憎悪や怒りを向けられていました

そのため、自宅に押しかけられて「ダンプ出てこい!」と叫ばれたり中傷の張り紙をされ窓ガラスが割られるなどの嫌がらせを繰り返し受けました

母親や妹もその影響を強く受け、母親は試合中の凶行に抵抗を感じながらも謝罪に赴き妹は周囲から誹謗中傷を受けたり恋人に一方的に別れを告げられるなど辛い思いをしました。

こうした過激なヒール活動による危険性がダンプ松本さんの引退を決めた一因とも言われています。

理由3・ブームが下火になる前に華々しく引退したかったこと

ダンプ松本さんが全盛期の人気のうちに引退することで、全日本女子プロレスの興行収入や人気が急激に落ちるのを狙ったことも引退理由のひとつです。

ダンプ松本さんはプロレスが好きで辞めたくはなかったものの、待遇改善が全くされず、全日本女子プロレスの売上減少を恐れた上役側の引き止めを振り切って、会社に内緒でマスコミも集めて電撃引退を発表しました。

これは全日本女子プロレスを困らせてやりたいという思いがあったためで、結果的にダンプ松本さんの引退後、観客動員数が大幅に減少したことが後輩選手たちから語られています。

こうしてダンプ松本さんは人気絶頂の中で華々しくプロレス界から姿を消したのです。

ダンプ松本の現在や画像は?

ダンプ松本さんの現在の画像はこちら

ダンプ松本さんは1988年に一度引退しましたが、その後もプロレスへの情熱は衰えず、現在も現役の女子プロレスラーとして活動しています。

最近では自主興行「極悪祭」を開催したり、地域密着のプロレスイベントなどにゲストとして参加し、プロレス界の盛り上げに貢献しています。

プロレス界に強い影響を与えたレジェンドとしてメディア出演も多く、若手レスラーたちの指導や応援も行っています。

また、テレビ番組やYouTubeなど多方面のメディアにも出演し、漫画の原作協力など幅広い活動を行っています。

Netflixのドラマ「極悪女王」の影響もあり、プロレス界の重鎮として多くのファンから支持されています。

ダンプ松本の病気の噂や結婚

ここからは、ダンプ松本さんの病気の噂結婚しているのかについて調べてみたいと思います。

ダンプ松本は病気で余命3年?

ダンプ松本さんは2016年に「主治医が見つかる診療所」というテレビ番組で人間ドックを受けた際、過去に出血性脳梗塞を発症した跡が見つかりました。

出血性脳梗塞は、血管内にできた血栓が血管を破って出血し、場合によっては命に関わる深刻な病気です。

ダンプ松本さんのMRI検査では小さな脳梗塞も複数見つかっており、これにより余命3年という宣告も受けています。

原因は大酒飲みであり、一晩にビールを6.5リットルも飲むなどの過度な飲酒と、それに伴う脱水症状が大きく影響しているとされています。

この診断を機に飲酒を控える決意をしたものの、長年の習慣を変えるのは簡単ではなく、健康管理には注意が必要な状態です。

しかし現在は生活習慣の改善もあり、余命宣告を超えて元気に活動しているようです。

パチンコ依存症の過去も

ダンプ松本さんは19歳でプロレスの練習生時代にパチンコを始め、そこから長年にわたりパチンコ依存症に苦しんでいました。

1ヶ月に25日以上もパチンコ店に通い、仕事の合間や休日もパチンコに没頭してしまい、借金をしてまでパチンコを続け、金銭面や人間関係に悪影響を及ぼしたそうです。

50歳頃にやめたい気持ちが強くなり徐々に克服に向かい、今も依存症と闘い続けているそうです。

結婚して旦那がいる?

ダンプ松本さんのブログに、このような表記がありました。

ダンプ結婚します

老後のために・・・・。

よりそいながら過ごしたいなって

独身最後の極悪祭大阪大会が明日だよ。

引用:ダンプ松本公式ブログ

2023年のエイプリルフールに自身のブログで「結婚します」と冗談めかして投稿したことがあり、一時的に話題になりました。

本当かと思ってびっくりしますよね。

しかしこれはジョークで、ダンプ松本さんは現在も独身で、結婚歴はありません

あ!

昨日の結婚します

4月1日のエイプリルフールです。

結婚しません

あいてがいません

(笑)

あしからず

引用:ダンプ松本公式ブログ

結婚しない理由には、幼少期に父親のギャンブルや女性問題で家計が苦しく、家族を守るためにプロレスラーの道を選び、男性に対して不信感を抱くようになったことが影響していると言われています。

型破りで女性の枠にとらわれない人生を歩んできた松本は、「結婚して幸せになった家庭を見たことがない」という理由からこれまで一度も結婚願望を抱いたことがないという。

引用:Yahoo!ニュース

また、プロレスラーとして厳しい環境の中でキャリアを優先し、プライベートな恋愛や結婚に時間を割けなかったためと考えられます。

ダンプ松本の引退試合や長与千種との関係

ここからは、ダンプ松本さんの引退試合長与千種さんとの関係について深堀りしていきます。

ダンプ松本の引退試合

ダンプ松本の引退試合は1988年2月25日に川崎体育館で行われました。

この試合では、ダンプ松本が大森ゆかりとタッグを組み、クラッシュギャルズの長与千種とライオネス飛鳥と対戦しました。

試合は激しい流血の攻防が展開され、途中でノーコンテスト(無効試合)となりました。

しかし、引退試合のクライマックスとしてダンプ松本がマイクを握り、「今日で終わりだ」と叫んで長与千種を召集し、急遽ダンプ松本&長与千種のタッグチームとライオネス飛鳥&大森ゆかりの対戦による5分間のエキシビションマッチを行いました

このタッグ戦は時間切れ引き分けとなりましたが、観客から大きな拍手を受け、感動的な幕切れとなりました。

ダンプ松本と長与千種の関係

ダンプ松本さんと長与千種さんは同期入門の仲間であり、元々は親友関係にありました。

二人は共に落ちこぼれグループに組み入れられ、苦楽を共にしながら必死にプロレスラーとして成長していきました。

しかし、女子プロレス界での人気をめぐる激しい抗争の中で、二人の関係は複雑になっていきました。

ダンプ松本さんはヒールの「極悪同盟」という悪役グループのリーダーとして過激な攻撃を長与さんに仕掛け、リアルな感情が込められた闘いもありました。

一方で長与千種さんはクラッシュギャルズの一員として人気を博し女子プロレスの革命児として男子レスリングの技も積極的に取り入れて活躍しました。

お互いに敵対する立場でありながら、リング外では深い尊敬と理解もあり、引退後は和解し交流を続けています

晩年には共演番組でも仲の良い姿を見せ、互いのプロレス人生を支え合う友人関係に戻っています

1980年代に激しい抗争を繰り広げ、数々の死闘を繰り返した“遺恨のライバル”。

髪切りデスマッチを行うなど女子プロレスを盛り上げた2人は

「私、極悪同盟のダンプ松本とクラッシュギャルズの長与千種は、これまで数々の抗争を繰り返し、因縁のライバルだと思われていますが、それはうそで、実は大の仲良しであることを反省しに参りました」

と反省文を2人そろって読み上げた。

引用:スポーツ報知

まとめ

一度はプロレスを引退したものの、その後も現役として活動を続けるダンプ松本さん。

これからもダンプ松本さんの存在は女子プロレスの歴史と未来をつなぐ大きな柱であり続けるでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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