【2026最新】バレーボール熊田康則の現在は居酒屋経営?嫁や娘についても調査!

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日本バレーボール界の黄金時代を支えた名アタッカー、熊田康則さん。

1980年代後半に河合俊一さん、井上謙さんとともに「バレーボール界のビッグ3」とも言われ大人気でしたが、現在どうしているのか気になりますよね。

そこで今回は、

1・熊田康則の現在は居酒屋経営?
2・熊田康則の家族
3・熊田康則の若い頃

について調べてみたいと思います。

熊田康則の現在は居酒屋経営?

熊田康則さんは、現在沖縄に移住し高校バレー部の外部コーチとして活躍されています。

過去に居酒屋を経営

熊田康則さんは以前、神奈川県大和市中央林間駅近くで「熊の隠れ家」という居酒屋を開業・経営していました。

料理はランチ・ディナーともに評判がよく、常連の父兄や地元のバレーボール関係者も多く訪れていたようです。

お店の口コミがこちら

元バレーボール選手の熊田さんのお店

バレーボールの元日本代表メンバーの熊田さんのお店に、バレー通の友人と行ってきました。
中央林間駅、初めて降りた!
お店は駅から徒歩3分ですが、少し迷って到着。
お店に入ると、でっかい人がいます。
熊田さん本人だー!!
店内は、昔のバレーボール雑誌やユニフォームも置いてあり、バレー好きな人はかなり楽しめそう。
熊田さんと写真を撮っている人も見かけました。

お店は、マニアックな日本酒や焼酎がいろいろ。
お料理は、手作り感満載で、一品一品、ものすごく量が多いです。
熊田さん自らフライパンをふって料理を作って持ってきてくれるました。

引用:食べログ

また、居酒屋経営と並行して、地元の小学生バレーボールクラブや高校バレー部の指導も積極的に行っていました。

例えば、小学生クラブ「大和ベアーズ」や八王子実践中学・高校バレー部のコーチを務め、地域のクラブチーム総監督も歴任しました。

熊田康則の現在は

現在は沖縄県に拠点を移し、首里高校女子バレーボール部のコーチとして後進の育成に尽力しています。

かつての居酒屋経営は現在は他の方に引き継がれ、バレーボール指導者としてのキャリアに専念している状況です。

熊田康則の家族

ここからは、熊田康則さんの妻との馴れ初めや子供たちについて探ってみたいと思います。

熊田康則の嫁

熊田康則さんと妻の定和子さんが出会ったのは、1987年12月6日、熊田康則さんが世界選手権から帰国した直後に開かれた全日本バレーボールメンバーの慰労会の二次会でした。

この二次会で小田原市内のスナックに立ち寄った際、偶然そこに居合わせたのが定和子さんでした。

定和子さんはそのスナックで働いていたわけではなく、当時は歯科医院に勤務しており、たまたま店に来ていただけだったそうです。

初対面の際、定和子さんは熊田康則さんのことを知らず、「なんて偉そうな、態度の大きい人なんだろう」という印象を持ったんだとか。

しかし、会話を重ねるうちにお互いに惹かれ合い、熊田康則さんの積極的なアプローチもあって、二人が知り合ったちょうど1年後の1988年12月6日に結婚式を挙げました。

熊田康則の息子

熊田康則さんの息子は隆一(りゅういち)さんといいます。

熊田隆一さんは2009年に国士舘大学へ入学していることがわかっており、1990年頃の生まれなのではないかと推測されています。

大学卒業後は八王子実践中学校の監督に就任し、2019年の都道府県対抗中学バレー大会で東京都選抜を率いて優勝するなど、指導者として高い実績を上げています。

優勝後のインタビューに答える熊田隆一さんの動画はこちら

また、同中学校の体育教師としても勤務しているようですね。

熊田隆一さんはすでに結婚しており、2013年3月30日には第一子となる長女が誕生しているようです。

熊田康則の娘

熊田康則さんの娘は熊田美愛(くまだ みのり)さんで、神奈川県大和市出身のビーチバレーボール選手です。

熊田康則・美愛親子の写真はこちら

熊田美愛さんは、父・熊田康則さんの影響を受け、小学校2年生からバレーボールを始めました。

小学校時代は父が監督を務める大和ベアーズでプレーし、八王子実践高校では父の指導も受けながら活躍しました。

東海大学卒業後、ビーチバレーボールに転向し、国内外の大会で活躍しています。

熊田美愛さんは「バレーボールサラブレッド」と称され、父・熊田康則さんの高い打点やプレースタイルを受け継いでいると評されています。

熊田康則さんは、娘の美愛さんについて「父親譲りの高い打点」や「横っ飛びのサーブ」など、プレー面での共通点を周囲から指摘されることが多かったようです。

熊田美愛さんは現在、神奈川県平塚地区でママさんバレーチームに所属しているようです。

また、ミズノバレーボールスクールにてバレーボールの先生もしているようですね。

中学生のバレーボール経験者向けに、レシーブ特化のグループレッスンなども開催しているようです。

熊田康則の若い頃

バレーボール界の伝説的エースとして名を馳せた熊田康則さん。

ここからは、若くして日本代表の主力に抜擢され、世界選手権での活躍で一躍注目を浴びた熊田康則さんの輝かしい青春時代について深堀してみたいと思います。

熊田康則のプロフィール

生年月日:1963年3月18日(62歳)
出身地:神奈川県
身長:193cm、体重:89kg
ポジション:レフト(アタッカー)、オポジット
主な所属:法政二高、法政大学、富士フイルム・プラネッツ

熊田康則さんは、中学(横浜市立末吉中学校)で当初野球部に所属していましたが2年生の時にバレーボール部へ転部しました。

高校(法政二高)では2年生までセッターを務めた後、3年生でアタッカー(スパイカー)に転向、ついに高校3年時に全日本代表に召集される快挙を達成しました。

法政大学進学後は4年生の時に大学主要タイトル4冠を獲得するなど頭角を現し、その活躍がプロ入りへの基盤を築きました。

熊田康則の若い頃の人気と活躍

熊田康則さんは富士フイルムの主力選手・主将として、1年目から日本リーグ21試合全勝優勝を経験し、チームの黄金時代を支えました。

当時はアイドル的な人気があり、雑誌などにも取り上げられていました。

川合俊一さん、井上謙さんとともに「バレーボール界のビッグ3」と呼ばれ、日本男子バレー界をリードする存在でした。

1985年にはユニバーシアード大会で金メダルを獲得、1988年にはソウル五輪に出場しました。

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世界選手権での活躍

熊田康則さんは1986年の世界選手権(フランス大会)に出場し、日本男子代表のエースアタッカーとして活躍しました。

全日本の一員として16位という結果に終わったものの、当時の主力メンバー(笠間裕治さん、岩島章博さんら)と共に攻守の要を担い、強豪国相手に果敢なスパイクを連発する姿で注目を集めました。

そしてその翌年の1987年には川合俊一さんとペアを組み、第1回ビーチバレージャパンで初代王者となり、ビーチバレーでも日本の先駆者的な存在となりました。

まとめ

1980年代に「バレーボール界のビッグ3」の一人として大人気だった熊田康則さん。

現在は次世代のバレーボール選手育成のために尽力されているようですね。

息子さんと娘さんもバレーボール一筋で、その道を究めているようで素敵な家族ですよね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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