プロのアドベンチャーレースチーム「チームイーストウインド」に所属していた田中陽希さん。
2024年7月にチームからの脱退を発表しました。
その背景にはどのような理由があったのでしょうか?
そこで今回は、
1・田中陽希の脱退理由3選と現在
2・田中陽希の妻と子供や再婚相手
3・田中陽希のプロフィールや年収
について調べてみたいと思います。
田中陽希の脱退理由3選と現在
ここからは、田中陽希さんの脱退理由3つと現在について調べてみました。
理由1・個人としての新たな挑戦と成長の追求
田中陽希さんは長年チームイーストウインドの一員として活動してきましたが、その中で自分自身の課題や限界を強く意識するようになりました。
チーム競技ではメンバーとの協力が不可欠ですが、田中陽希さんは「個人としての成長」や「自分を見つめ直す時間」が必要であると感じました。
これを踏まえ、今後のキャリアを考え、個人で新たな挑戦に取り組むためにチームから離れる決断をしました。
理由2・家族を支える立場としての人生の再考
田中陽希さんは脱退の理由の一つに家族に対する思いも挙げています。
一人の男として、また家族を支える家長としての人生を真剣に考えた結果、家庭やプライベートの事情を優先する必要があり、チームを離れる選択をしたとされています。
具体的な家庭の詳細は公開されていませんが、家族を最優先にした生き方に切り替えるための重要な決断だったと考えられます。
理由3・新たな人生の道を模索する決断
チームの目標であった国際アドベンチャーレース優勝を追いながら、田中陽希さんは自身の将来について深く考えていました。
18年間のチーム活動を経て、得られた経験や知識を活かしつつも、新しい分野で挑戦する意欲が強まりました。
そのため、チーム活動に区切りをつけて、自分自身の人生の新たなステージを切り拓く決断をしたのです。
脱退後もチームとの関係は続きつつも、独自の挑戦を続けています。
田中陽希の現在は?
田中陽希さんは群馬県みなかみ町にあるアウトドアツアー会社「カッパCLUB」のリバーガイド(ラフティングガイド)としても活動しています。
カッパCLUBでは、山や川を舞台にしたツアーでガイドを務め、ラフティングなどの川のアクティビティを案内しています。
2019年7月にカッパCLUBのリバーガイド資格の限定解除を受けており、より難度の高い川でガイドを務めることができる技術と経験を持っています。
また、カッパCLUBのイベントやツアーに積極的に参加し、2025年のゴールデンウィークや夏休みなどにもラフティングガイドとして登場しており、地域のアウトドアシーンで重要な存在となっています.
田中陽希さんは「日本百名山ひと筆書き~Great Traverse~」という壮大な徒歩および人力移動による山岳踏破プロジェクトを達成しており、その経験を生かして全国各地で講演活動を行い、自然環境の大切さや挑戦の魅力を伝えています。
また、2025年5月には地域のトレッキングイベントにも参加するなど、地域活動も盛んです。
田中陽希の妻と子供や再婚相手
ここからは、田中陽希さんの妻と子供や再婚相手について調べてみました。
田中陽希の離婚した妻
田中陽希さんの妻についての具体的な情報は公開されていません。
2014年12月に結婚を自身のTwitterで報告しましたが、結婚相手は一般の方とされており、顔写真や詳細プロフィールは非公開です。
結婚生活は約1年半で、2016年4月に離婚を発表しています。
離婚理由は公には明かされていませんが、多忙なアドベンチャーレーサー活動で家を長期間空けることが多く、家庭との両立が難しかったのかもしれません。
田中陽希さんの妻はおそらく明るくアクティブな性格で、同じくアウトドアやスポーツに理解があったのではないかと推測されていますが、公的な情報は具体的にはありません。
田中陽希の子供は?
田中陽希さんには公に知られている子どもはいません。
結婚や離婚の情報はありますが、子どもに関する具体的な情報や発言は確認されていません。
アドベンチャーレース活動で年間200日家を空けることもあり、結婚生活も1年半と短かったことから、子供がいなかったのは当然かもしれませんね。
田中陽希は再婚してる?
2024年8月のチームイーストウインド脱退時の発表では「家族を支える身としての人生を真剣に考え」とコメントがあり、再婚の可能性がほのめかされていますが、再婚相手についての具体的な情報は公開されていません。
田中陽希さんは2025年時点で42歳であるため、再婚の可能性は十分にあると見られていますが、公式な再婚発表はまだ確認されていません。
田中陽希のプロフィールや年収
ここからは、田中陽希さんのプロフィールや年収についてお伝えしていきます。
田中陽希のプロフィール
田中陽希(たなか ようき)さんは1983年6月5日生まれ、埼玉県出身ですが、6歳のとき家族で北海道富良野市麓郷に移住しました。
幼少期から雪の多い環境で育ち、小中高、大学とクロスカントリースキーに打ち込み、大学時代には全日本学生スキー選手権で入賞するなど活躍しました。
明治大学卒業後、体育教員を目指していましたが、2006年にアドベンチャーレースと出会い、人生の方向転換を図ります。
2007年より国内唯一のプロアドベンチャーレースチーム「Team EAST WIND」にトレーニング生として参加し、2008年に正式メンバーとなりました。
2022年にはチームのキャプテンに就任し、2024年7月まで所属しました。
国際アドベンチャーレースで複数回2位を獲得するなど高い実績があります。
最大の挑戦は2014年から続けた「日本百名山ひと筆書き~Great Traverse~」で、屋久島から利尻島までの百名山を人力のみで7,800kmを208日間で踏破。
また、その後「日本二百名山」「日本三百名山」のひと筆書きも成功させ、合計301座を人力で繋ぐ前人未踏の挑戦を達成しました。
病気で入院したことがある?
病気ではなく、怪我で入院したことがあります。
田中陽希さんは、2024年5月のアドベンチャーレース中に自転車で転倒し、頭部を打って脳震盪を起こしたことがあります。
その際、医療スタッフによるチェックを受け、脳外科医の検査では脳や内臓に異常は認められませんでしたが、安全を期して病院に一泊入院しました。
この入院は一時的なもので、脳震盪の様子を観察するためのものだったと報告されています。
その後は回復し、長期の病気や入院は確認されていません。
田中陽希の年収は?
田中陽希さんの2025年現在の推定年収は約1000万円以上です。
かつての全盛期には2000万円から3000万円とされ、NHKの「グレートトラバース」シリーズの出演料、講演活動、スポンサー契約、著書の印税、アウトドアガイド業など多方面で収入を得ていました。
脱退後は独立して講演やガイド業を中心に活動し、テレビ出演は減ったものの講演需要が高く、安定した収入を維持しています。
田中陽希さんの収入はプロアドベンチャーレーサーとしてはトップクラスとされ、日本人の平均年収の約2倍にあたります。
まとめ
新たな人生の道を模索するため、「チームイーストウインド」を脱退した田中陽希さん。
18年間にわたりチームの中心選手として活躍し、多くの困難を乗り越えてきた彼は、脱退後も個人としての活動を充実させ、講演や新しい挑戦を続けています。
今後の田中陽希さんのさらなる挑戦に期待したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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